常々、歌が上手になりたいと思っているのですが、歌が上手いって一体どういうことなのか、今日は持論を書いていきます✏
※自分が出来てるかはさておいて「意識していること」や「考え」を書いています。ノウハウではなく現時点での個人の解釈です。
歌の上手さの要素として…
「声量」「リズム」「滑舌」「音程」があります。
声量が無ければ聞こえないし、リズム感が悪いとノれない、滑舌が悪ければ歌詞が伝わらず、音程が外れると歌がまっすぐ入ってきません。
この4つの要素が”良くない”ことは歌にとって”邪魔”なので、いかにこの邪魔をなくすかが大事。
これらをコントロール出来ると歌が伝わりやすくなります。
練習という矯正作業をくりかえし、この4つを正確にコントロールする体を作ります。
-雑談1-
時々「歌は上手さだけじゃない」という言葉を耳にしますが、あれはあくまでも上手さの向こう側に「上手さだけではない何か(=感動)」があるということだと思っています。上手いことが「前提」で「別物」ではないということです。グギギ…
声は、鍵盤のように必ず正確にその音が鳴るわけではないし、身体の癖や力みはなかなか治らなず頑固。
そのくせ体調、メンタル、姿勢、食事、生活習慣、気候にも左右され繊細。
練習して感覚が分かってきたと思ったら翌日には忘れて、できるようになったと思ったら今度は別の悪い癖が再発して…。その繰り返しで少しずつ感覚を馴染ませて…。基本を身につけるのに時間と労力を費やします。
しかし、大変さと引き換えに歌詞で表現出来たり、声色や声量を操れるなど他の楽器にはない自由自在さがあると思います。
もう一つの要素は「技術」です。
ガナリや巧みなフェイクやハイトーン、声色の変化など、曲を自由かつ効果的に表現するためのプラスαです。
「声量」「リズム」「滑舌」「音程」の大きな土台の上に技がプラスされるイメージです。
最後に忘れてはならないのが「心」です。
曲に情熱を注ぐと歌に「圧(パワー)」が生まれます。
目つき、呼吸、音圧、生きた人間にしか出せない特別なエネルギーで、人の心を動かすことができます。
例えば、役者さんが心をこめず演技をするのと熱演するのとでは大違いです。
それは歌でも同じ。「歌詞はセリフ」「歌手は役者」とはこういう意味かと思います。
-雑談2-
もともと歌は、何かを伝えたいという「思い」を音楽にしたものです。
争いや差別に対する怒りや、自由になりたいという心の奥底からの叫びなど…。
そんな魂の叫び的音楽がどんどん文化的になっていき、今ではファッション感覚で楽しめる曲もたくさんあります。
最近の曲を聞いていると平和を感じます。日本には戦争もないし基本的に衣食住に困ることもない。だから心の奥底から「救われたい」とか「生きたい」とかを泥臭く歌うよりも、生活に寄り添うようなお洒落で楽しい曲の方が今っぽいなと感じます。最近の曲は「技」が盛り込まれてて耳が楽しく飽きません。
-雑談3-
歌の表現には2種類あると思っています。
①自分を表現するために歌を使う
②歌を表現するために自分を使う か。
①はアイドルさんや「私を推してください!」系の方、②はそれ以外の「自分を楽器として使ってる」方みたいなイメージです。
中間や両方の場合もあると思います。どちらが良い悪いとかは無いです。
自分は2:8の割合で②寄りだと思ったけど…どうかな?
まとめると歌は
・「声量」「リズム」「滑舌」「音程」=体
・「技術」
・「心」
で構成されていると思っています。まるで武道の「心技体」みたいですがかなり近いと思います。
木で例えるなら
幹=「体(声量、リズム、滑舌、音程)」
土=「心」
枝葉=「技術」
のイメージです。そして…
太陽=「応援者(あなた)」です。(ここで沸き起こる大歓声と拍手喝采)
そうですね、雨は、、、
雨=「金」と言ったところでしょうか(突然の現実感)
これらの要素を高めていくことが歌の上手さになるというのが今日の持論です。
もっと掘り下げて説明したい部分もあるのですがまた追々…。
色々堅い感じで書きましたが、なんにせよ楽しく歌うのが一番です!笑
早く花粉シーズンを抜けて歌いたい…!!!
最後までご覧いただきありがとうございました🐘🌈
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