おばあちゃんがスタンドになりました。

日記

2024年2月18日、おばあちゃんが亡くなりました。

昨年8月に病気が見つかり、今年もつかと言われました。
私たちは心の準備をしながら、おばあちゃんに頻繁に会いに行きました。
体力も食欲も落ちたけれど、娘や孫の料理はよく食べてくれました。
クリスマスはケーキが食べたいと言い、一緒にクリスマスパーティをしました。
正月は鮮やかなピンクのカーディガンを羽織り、しっかりとメイクをしていました。
今月の初めには食べたいと言っていたウナギを一緒に食べ、いつものように晩酌しました。
最後まで口が達者で、孫の前でおじいちゃんと元気にケンカをしていました。

それからガクッと体力が落ち、4日前に入院しました。
そして2日前の夜中に限界を迎え、朝方亡くなりました。

91歳、これまで大きな病気はありませんでした。誰よりも長寿です。
闘病生活は7か月間、人生の99.9936364%が健康寿命でした。来たる日まで惜しみなく過ごせました。余命より2か月も一緒に過ごせました。「最後に」と多すぎるほどのプレゼントとメッセージをもらいました。

食事がままならなくなったのは数日前。それまで、「これ食べたい!」とリクエストをくれて美味しいものを色々食べました。

入院したのは2日間。拒むと思っていた入院を「こんなところにいても仕方ないから入院する!」とすんなり受け入れました。私たちに苦しい顔を見せず、会ったときには安らかな表情でした。

亡くなった日は良く晴れていました。
その日、母には3年がかりで取り組んだ大事な大事な予定がありました。おばあちゃんの亡くなった時間が早かったこと、妹が休みで代わりに手続きをしてくれたこと、そして何より母の名の由来通りのタフさで間に合わせることが出来ました。

昨日、花を添えられたおばあちゃんを囲んでゆっくり会話が出来ました。不思議と、おばあちゃんの話をしていると悲しみが消え、笑いが湧きました。

今日、別れを告げてきました。2月とは思えぬ暖かさ、次第に晴れる空に気持ちも開けていくようでした。おじいちゃんの喪服は誰も知らぬ間におばあちゃんが用意してくれていました。とても立派な新品の喪服です。

おばあちゃんはすべて見抜いていました。

全くもって迷いのない人でした。迷うところや悩んでいるところ、後悔しているところを誰も見たことがありません。白か黒かハッキリしていました。メニューを決めるのも、旅行の段取りも、買い物も日常生活も道も、1ミリも迷っているところを見たことがない。

お酒が大好きでした。「もういつ死んだって良い!やりたいことは全部やったし行きたいところにも行った!だから私が死んでも悲しまないで!盛大にやって!あとはお迎えを待つだけ!それなのにまだ来ないね!まだ飲み足りないってか!」と私以上に飲んでいました。

お正月にみんなで引くおみくじは、どうして?と思うくらいいつも大吉でした。人気の霊園が抽選で当たったと、自分の墓地を手配していました。

足が悪いと言いながら、誰よりも早く歩きました。杖はもはや、人込みをかき分けるための道具でした。杖には目玉柄の紐と紫のテディベア。無意識な原宿系でした。

裁縫も得意で、なんでもハイクオリティで作ってくれました。今だったらココナラ(自分の得意を売るサイト)とかで食べていけてたと思う。

頭の回転がとても速かったです。記憶力が凄まじく、トラビスジャパンもBTSもよく知っていました。韓流ドラマを同時並行で何本も見ているのに登場人物やストーリーを完全に把握していました。

野菜を毎日たっぷり食べていました。なんでもよく食べました。正月にはケンタッキーを買ってきました。「正月料理は飽きる!味がモニョモニョしてるから!」。

今日だって骨壺に入りきらないかと思うくらいの遺骨でした。歳の割に骨が丈夫で多いそうです。

とにかく顔が広かったです。旅行先で知り合いに出くわすこともありました。きっとあちら側でも挨拶しきれないくらい多くの仲間に迎えられて乾杯していると思います。

そんな強烈なDNAは間違いなく娘、そして孫の私たちに刻み込まれています。
形はなくなってしまったけれど、喪失感はありません。むしろ最強のスタンドがついたかのような心強さを感じています。

ちょっと違うのが、私が優柔不断だということ。この記事を書くのも、やや不謹慎かな?とか、まだ早いかな?と迷ったけれど、迷いのないおばあちゃんを見習い投稿しました。おばあちゃんはしみったれたことを好まない。

おばあちゃんには感謝してもしきれません。本当にありがとう。貴方のように謳歌して生きたいと願います。おじいちゃんのことは心配しないで大丈夫です。いや、でもおばあちゃんがいないと大変かもしれない。笑

そして、最後まで手を尽くしてくださった介護スタッフの方、病院の方々、直接お礼が言えず申し訳ないですが、心から感謝申し上げます。不思議なご縁で、母から話を聞く限り全員良い方ばかりで…。ここをご覧になることは無いとは思いますが、本当にありがとうございました。
母も信じられないくらいタイトなスケジュールの中、本当に大変だっただろう…。
妹は合理的だから私の5億倍くらい活躍していた。
私と父は…ね…w

明日からは、というかもうすでに、私は最強のスタンドを携えて迷わず進もうと思います。

暗い気分にさせてしまったらごめんなさい。今回も長文、お読みいただきありがとうございました!

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